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うっかり作った悪習慣

数年前からの話です。

私は自分の部屋で、もの作りの仕事をしています。

仕事中に、突然部屋に入ってきて聞いてよ今こんなことあったのよ!と旦那の愚痴を言いまくる母。
感情をこめまくりで、父親の口調まで真似て怒鳴りつけるように話をしてきます。
聞く方がキツイから落ち着いてしゃべってと注意しても聞く耳持たない。

このせいで、何度も仕事が中断され、毒を吐かれた後の気持ちの整理が出来るまで、仕事が再開出来ませんでした。
そういう自分自身にも苛立って、悪循環。

仕事中だから後にしてと断り続けると、手段を変えてきました。

仕事場の2階に水道がないので、ちょこちょこと一階に降りていくのですが、その足音を聞いて寄ってきて愚痴を言いまくる。

食事の支度の時に、横で愚痴を言う。

運転の助手席で愚痴を言いまくる。

正直耐えられるものではありませんでした。
放置しておくと、過去の父親の過ちとかまでどんどん掘り返して同じ話を繰り返す。

後にしてと言うと「後って何時になったらあとになるのよ!」と言われてしまう。


本当にきつかったので対策を。

「夜寝る前に1時間話を聞く時間を作るから、お願いだから昼間はやめてほしい。本気で仕事出来なくなってるの」

と言いました。

その1時間を、最初は母へのマッサージを30分、愚痴聞き30分という感じで使っていました。

が、マッサージしている時に愚痴が始まる。

愚痴を言っている人の身体をほぐしても、ほぐれません。
更に愚痴の毒を吸い込んでしまうような気持になってしまい、自分が凄く辛くなるのです。

マッサージしている間は愚痴やめてと言っても、言ったその瞬間しか収まりません。

だんだん、自分も体が辛くなり、マッサージは少しずつ短くしていきました。
1年くらいで、もう母の肩や首に触れることにも強い抵抗を感じるレベルになり、とうとう限界。
無理だと断りました。

その時期の自分は「具合悪い」ことが多かったです。

めまいやふらつき等も酷く、病院で血液検査してもらうも異常なしでした。
「あとは、心療内科の領域でしょうかね」
との医者の言葉を母に伝えました。

母は「あんな父親が暴言吐きまくっているせいね!」と。

当時の父親は、母に対するマウンティングが悪化していました。
私が父親との関係を変えたため、私に強い態度を取れなくなった分が、母に向かったのでしょう。

私が、母の愚痴聞きやマッサージなどを続けなきゃと思ったのは、そのことで罪悪感(自分だけ逃げた)を持ってしまったからです。
本当は要らない罪悪感でした。

体調が悪いからという理由で母のマッサージをやめると、大分回復してきました。


当時の自分は、母親がこんな状態になってしまうのは父親のせいで、父親が落ち着けば状況は良くなると思い込んでいました。

本当の原因は母親にあるのに、母親に依存する気持ちが強かった自分はそのことを受け入れられなかったんです。

当時の自分にとって、母親は家族内で唯一味方になってくれる存在でしたから。



今でも、夜、父親が寝た後、母親とお茶を飲む習慣は続いています。
正直、かったるくもありますが、昼間の「聞いてちょうだい攻撃」を「後でね」と言えることは大分楽。

旦那から嫌なことされた直後のテンションのまま勢いよく愚痴攻撃されるより、かなりましなんです。

そして、ここ数か月は、「愚痴に同調してあげないことを」ずっと続けています。

おかげで、愚痴の量が半分以下に減りました。

母は、旦那への憎しみを私に植え付けたい気持ちが強いので、同調してあげると喜んでしまいます。
私自身も、父親への不満や嫌悪感があるので、本当は自分も愚痴りたい。
そういう気持ちを抑えられない間は、効果があまり出ませんでした。

私自身が、母の愚痴を本当に流せるようになると、母親も手ごたえを感じられず、勢いが長くは続かなくなる。

そして、私が当たり前のように愚痴の相手をしてくれなくなったことで、母は私に揺さぶりをかけてきます。
それでも相手をせずに放置したりすることで、母親との力関係も明らかに変わってきたと感じます。

母は、私を思い通りに出来る存在と思い込んでいたようですが、それも変わりました。

また、この寝る前の1時間話し相手する習慣はそろそろやめたいです。

昨日と今日、消化不良で体調を崩したため、中止状態が二日続いています。
これをきっかけに、やめられないかなと企んでいるところです。

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息抜き大事

母の愚痴によるストレス満載の頃の話。

友人の好意で、持ち主不在時のお宅に、一人で泊まらせてもらうという経験をさせていただきました。

自分のペースで食事して、お風呂に入って寝て起きて・・・
一泊したら、物凄い効果がありました!


実家では、自分らしくいられることが、ほとんどない生活をしていたことに気が付きました。

両親の意向に沿わないことは常に否定されて、自分のペースで動くことが出来ませんでした。

寝起きする時間、食事の時間、3時のお茶の時間。

常に家族の気配を意識して、不満をぶつけられないように過ごす。
食後にすぐに席を立つだけでも文句を言われる環境でした。

定年後の両親は、時間を持て余しているので、3時のお茶だけでも1時間近くのんびりしたりします。

在宅で仕事している自分に、合わせろと言うのは無理なことです。
それに、お茶の時間は私にとって寛げないため、休憩にならない。

少しずつ、改善出来るための努力はしてきましたが、当時は根本的な解決にはなりませんでした。


一例。

夕食後、30分くらいしてからお茶をのんだりして、1時間くらいをリビングで過ごすのが暗黙のルールでした。
「家族の団らんの時間」を大切にしたいという母の意向。

私は、それが苦痛でした。

父の自己顕示欲満々の言葉を聞かされたり。

母はテレビを見ながら、色々喋ります。
肝心なところが聞こえなかったり。
テレビの内容から思いつくことをポンポン言っては同意を求める。
これから説明するであろう内容を私に質問攻めして説明させようとする。

兎に角落ち着けないし、私は辞書じゃない。

父親は時々知ったかぶりして、嘘を教えてしまいます。

黙っていればいいのにと思いながらも、つい流石に突っ込んでしまう・・・。


だんだんと、その時間を短くしていこうと計画した私は、さっさとお茶を淹れてしまうことに。
それに対して、母は「まだお腹いっぱいだからお茶後で良いよ」と対抗。

そのうち、母は自分がお茶を淹れると主張。

私は、「仕事あるから」とお茶を飲むのをやめて席を立つように。

母は、淹れたお茶を持って私の部屋に来て、愚痴などしゃべっていくように・・・

こんないたちごっこが繰り広げられていました。



自分が一人で落ち着ける場所は、お風呂の中だけと言う時期もありました。

部屋で音楽を聴いていたせいで、具合悪い母が呼んでも気づけなかったことをきっかけに、部屋で音楽も聴けなくなっていました。

リビングのドアの開閉の音や、階段を上がってくる家族の足音。
常にそういうものを意識しての生活。

息が詰まってしまう状態でした。

強いストレスを感じて、感覚を麻痺させてしまっていました。

外泊をして、ようやくそういう自分の状態に気が付くことが出来ました。

この気づきが、大きな転換のきっかけになりました。

今日の母

夕食後
母がとても好きなテレビ番組を見ていました。

私は、一旦席を立って戻ってきたら、チャンネルが変わっている。

私「あれ?チャンネル変えたの?」

父は普段通り。
母がムッとしている。


その後、台所に移動したとたんに母が付いてきて。

母「私がお茶を入れに行ってる隙にチャンネル変えちゃったのよ!あんたが居るときはそんなことしないのに!
私はお父さんの奴隷なのよ!!!」

私「あんまり奴隷とか言わないほうがいいよ。自分が見たい番組勝手に変えられたらちゃんと言わなきゃ。
 お父さんは黙っていると図に乗るから、言わなきゃダメっていつも言ってるでしょ?」

母「いったわよ・・・あれもこれも云々かんぬん」
と、今回のことではなく、とっくに過ぎたことや、本人に伝わっていなさそうなこと等、関係なさそうなことばかりをあげ連ねる。
こうやって話をそらしながら、ヒステリーに近い状態になるのは良くあること。

私は、話し続ける母を置いて自分の部屋に行ってしまいました。
以前の自分は、そういう状態になった母親を放置するとが出来ませんでしたが、今は後ろめたさもなく出来ます。


私が父親との上下関係を変えたのは、数年前。
母と組んで動こうと提案したけど、母がOKと言いながら全く動かなかったので自分だけでやりました。

父親の理不尽や高圧的な行動に、屈しないことをただ続けるだけで良かったです。
父の私に対する態度は目に見えて変わりました。

母は、それを目の前で見ていました。

今では、父は私に対して理不尽な態度を取ることはほとんどありません。
私が居るときといないときでは、母への態度もかなり違うようです。

そのために、母が私を妬むことがあります。
ですが、関係を変えられるのに変えなかったのは母本人なんです。


母は、「旦那に虐げられる可哀そうな自分」で居たいからそうしているんです。
どんなに改善策を提案しても動くことはありませんでした。

本人がそうしたくてそうしてるんなら放置するしかありません。

だから、騒ぐのも、妬むのも自由だけど、私が相手をしてあげる必要はないわけです。

それが分かったので、母のヒステリーを放置して、堂々と逃げられるようになりました。


以前は、本当に母の愚痴が辛く、自分の部屋に向かってくる母親の足音が聞こえるだけで手が震えてしまうほどでした。
ほんの半年くらい前までの自分は、本当にそうだったんです。


因みに、数年前に自分が父との関係を変えようとした当時。
母親が「旦那に虐げられて辛い」と愚痴を言い続けながらも関係を変えるための行動を一切しようとしなかったこと。
愚痴が辛すぎるから、是非関係を変えてほしいのに何故だろうと、ずいぶん悩みました。


まさか、母が自らそういう関係を意図的に作っているとは、理解の外でした。

そういう心理状態があること学び、リアルに目の前で見ることは、メンタルに対する深い理解につながっています。

自分の事

不安定な環境で育った私。

振り返ってみると「見捨てられ体験」がとても多いです。

自分の存在を肯定的に受け止められず、不安感が強かった私は「依存心」が強くなりました。
そのため、日常生活でも問題が多く、常になんとなく息苦しさを感じてきました。

具体的に言うと。


〇人と会話している時に、つい自分の話をしてしまう。

〇会話のタイミングに合わない話を差し込んでしまう。

〇「自分をだれか受け入れて」という気持ちが強いから、重たい存在になる。

〇自分の話を聞いてくれる人に依存して、話を止められなくなる。

〇自分の意思をはっきり持てず、意見を相手に寄せて行ってしまう。

〇人の都合に合わせるばかりで、自分がどうしたいのか分からない。

〇依存する相手に喜ばれる(怒らせない)自分になろうとしてしまう。

〇常に依存する相手を探してしまう。

〇必要とされると断れない。


依存心を見抜かれて利用されてしまうこともしばしば。
それでも余程エスカレートしない限り、そういう人たちから離れられなかった。
自然と私を利用しようという人が集まってくる悪循環。


母親も依存心が強く、似てしまっています。

そういう自分が嫌で、更に自己肯定感を持てない。
そういう自分をやめたいけど、どうしていいかわからない。


少しずつ、自分なりに気が付いたりしながら、人間関係も変わってきたころ、先生と出会いました。

何回かセッションしていただき、この「居心地の悪い自分の正体」に気が付かせてくれました。
先生のセッションは「教える」というよりは「自分で気が付けるように導いてくれる」ので、私にとてもあっています。

そして、先生本人に依存してしまっている自分をを自覚することが出来ました。

そのため、外部で一度勉強してみることを提案して頂きました。
カウンセラーマインドを勉強することが、自分の依存をクリアにする良い手段になると思うとのことでした。

私の本気度が試されるときでした。

丁度このタイミングで「依存する私」と「素の私」の区別が出来るようになりました。
過去にさかのぼって区別していくと・・・ほとんどの時の自分が「依存している私」

依存している存在が、今自分と認識しているものの正体で、それを外してしまったら・・・
今「自分」だと認識しているものが外される「殻」のほうなんじゃないかと感じました。

幼い時、自分を殻に閉じ込めて、大人になるまで外側の殻だけで生きていくというイメージを持ったことがある経験も、影響していることでしょう。

図で示すとこんな感じ。
ego


それでもいい。
もしそうなら、本来生きるべきだった自分に返して殻の自分は消えればいい。

本気でそう思えて覚悟が決まったら、その後は早かったです。

一気に気付きが進んで、先生も自分もびっくりなペース!

結局依存の問題はクリア出来る流れになり、外部に勉強しに行くのは一旦中止するまでになりました。


そんなころ、月夜に一人で散歩していると、小さな子供の頃の自分が浮かんできました。

「はやく大人になんないかな~」と歌っていました。

覚えがあります。
子供だからと言う理由で押さえつけられていたから、はやく大人になりたかった頃の自分。

「もう大人になったんだよ」と思わず語り掛けていました。

子供の自分「もう大人になっていいの?もう自由なの?嬉しい!」

そのあと、一気に気持ちが楽になりました。
学びと気付きは更に加速して、あんなに辛かった状態が過去のものになりました。


これをきっかけに、より自己理解を深めて、充実した生活をしていくための学びにシフトしています。

今は毎日がとても楽しいです。
本人もびっくりしているのですが、これが事実です。

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最近のこと

最近は、色々と学びを進めたおかげで、実家に居るにも関わらず、かなり穏やかな気持ちで生活をしています。
両親の状態も、「面倒だな」とか「嫌だな」とは思いますが、振り回されることがなくなりました。

本当に色々「気が付かせて」いただいたおかげです。

週に1回程度、友人の協力の元外泊していることも、大きな効果を上げています。

最近は、両親の状態を観察して、色々と学びにつなげていこうとしています。



先日、小学校4年生の少女が父親に殺されてしまった事件のことが、たびたび報道されています。
少女は日常的に父親から暴力を振るわれ、そのことを学校のアンケートに書いていました。
とても痛ましい事件でした。

この件について、両親が普段とは違う反応を示しました。

どういう気持ちで反応したか、推測してみます。


父親は、ニュースが流れるたびに、「この父親は死刑だな」などと大声で言います。

とても強い反応を示しています。

被害者と同じころの年齢だった私の状態は、兄に暴力を振るわれたり、学校でいじめにあったり。

それを、気が付きながらも何もしなかった父に、後ろめたい気持ちがあるのかなと思います。
その犯人の父親を厳罰にと訴えることで、「自分はまともな父親だった」という刷り込みを行いたいんだと。
自分自身にも、娘の私にも。

因みに、父親も突然キレたりして、家族に恐怖を与える存在でした。
暴力を振るわれるかもという恐怖を感じたことは多々ありましたが、実際家族に手を挙げたことはありません。


母親も、ハッキリ反応していました。

「このお母さんも、旦那にひどいことされたせいで、何もできなかったんだね。」

「学校は、なんでここで動いてくれなかったんだろう」


「このお母さんも」と言った言葉に、「自分も誰かのせいで何もできなかった」ことにしてしまいたいという気持ちが出ていると感じました。

母は、兄の暴力を黙認どころか公認状態でした。
骨折の疑いがあるほど腫れて、病院に行く必要があるレベルになって、ようやくまともに注意してくれたこと。
とても記憶に残っています。
やっと怒ってくれたと思ったのもつかの間。
病院に行くことで、暴力が表沙汰になってほしくないのが理由だとわかりました。

母は、自分の意思で、私を兄のサンドバックに差し出して、そっと逃げ道をふさぐような行動をしていました。
兄が、警察沙汰の事件を起こすより、家庭内暴力で済むほうが楽だからそうしたんです。
そのことを思い出したくないのでしょう。

学校でのいじめも、母は一切対応しなかったことを、本当は後ろめたく思っていたのでしょう。
だから、いじめは学校が対応するべきことと言い切ってしまいたい様子でした。

そういう理由で、今回の事件のニュースが流れた時、両親揃って過剰に反応したのだと思います。

普段より大きい声で、私に聞かせたい意思を感じました。

当時は分からなかったけど、それぞれ「後ろめたい気持ち」があったんですね。


今の自分から見ると、両親はまるで、小さな子供のようです。

子供が子育てしたから、こんな状態になってしまったんだなと。


因みに以前から、子供がいじめを苦に自殺したニュースなどが報道されるたびに、似たような反応を示していました。
当時の自分は、両親のそういう内心にまで気持ちを向ける余裕はありませんでした。
ただなんか、普段と様子が変わっていることは感じましたので、そういう事件を「意識していること」だけは感じ取っていました。

後ろめたさを刺激されて、そういう反応をしていたと分かると気分が違います。

知ることで、変われるんですね。
理解できない存在だったときは、両親が怖いと思っていました。

言葉や行動の裏が見える今、全然怖くありません。

思わず、可笑しくなってしまうような、単純な理由で、虚勢をはっているだけだったりするんです。

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プロフィール

00miyuu00

Author:00miyuu00
毒親・機能不全家庭で育った40代女性
本来の自分を取り戻して、自分らしく生きていくために。
母と娘の関係、家族関係。
過去から現在までの経験と、学びや気付きを書いていきます。

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